当社運営のミュージアムショップでお取り扱いさせていただいている作家さん、職人さんの手仕事にふれる読みものです。
福岡市美術館ミュージアムショップのオリジナルグッズに、収蔵品をモチーフにした博多人形の招き猫があります。
その名も「福かぶり猫」。
空き箱や袋にすぐ潜り込む、猫の愛らしい習性である「袋をかぶる」に、「福をかぶる」と「ふくおか(福岡)ぶる」を掛けあわせた、400年来の歴史を持つ伝統工芸品の博多人形です。
今回は、この「福かぶり猫」を制作する博多人形師の小副川太郎さんの工房にお邪魔して、「福かぶり猫」の制作風景や博多人形にまつわる様々なお話を伺ってきました。
後編は、「博多人形の今−3代目人形師としてのこれまでとこれから」です。
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−今回は、博多人形師・小副川太郎さんをもう少し深掘りさせていただきます。
小副川さんは3代目とのことですが、最初から人形師を目指されていたのですか?
実は人形師になる気はまったくなかったんです。「家を継げ」とも言われませんでしたし、住居と工房が別だったので、父親が人形を作る様子すら見たことがありませんでした。大学も土木系に進みましたし、東京で就職していたんです。
ところが、就職して数年経った時、電車の中吊り広告で「伝統工芸は継がないと無くなる」といった趣旨の文章を目にしたんです。京都かどこかの宣伝だったかなぁ。それを目にした瞬間、「あ、博多人形を継がないといけないな」と思ったんです。
そもそも就職の時に就職氷河期で苦戦するなかで、漠然と「博多人形師」という仕事で子供を大学まで出すってすごいな、という思いがあったんです。そして、土木って完全に分業制なんですが、博多人形はひとりで全工程を作り上げます。 ひとりで仕事を完成させて、その積み重ねで家族を養うことができるだけの技術。それが継がないと無くなってしまう、ということを考えた時に、よし! 人形師になろうって思いました。
−大きな決心でしたね。それで博多に戻られて、お父様のもとで修行をされたんですか?
性格的に父親の元では甘えやわがままが出てきちんと修行しないだろうなと思って、別の先生のもとに弟子入りしました。 今思えば、当時28歳。修行に5年、一人前になるには10年かかる世界で、よく弟子にしてくださったと思います。だって38歳でものにならなかったら、どうしようもないでしょ(笑)?
僕自身は子供がいないので、弟子を取って一人前になるまで面倒見るなら、今がギリギリです。先細りの未来も想定される伝統工芸だけに、今なんとかしないと、という思いはありますね。
−他の作家さんは、家業として代々受け継いでいる方が多いのですか?
400年の歴史はありますが、十何代と続いている家は数軒程度で、ほとんどが1〜3代です。
博多人形の表現は無限なんですよね。代々受け継ぎ、保持していくスタイルではないのが要因なのかなと、僕は思っています。親と子でまったく違う作風なこともしばしば。うちもそうですよね。
第76回白彫会博多人形新作展 出展作品
(左)小副川祐二「舞」(右)小副川太郎「蘭陵王」
決まった型がないので、商売が繋がらないんですよね。本当に職人一人一人の個性と力量に掛かっています。
これは僕個人の意見ですが、伝統工芸の中でも実用品寄りのものと、美術作品寄りのものがあると思うんですが、博多人形は後者に近い。そういうのって、代々続くものではないのかなと思っています。でもね。実用品ではないものだからといって辞めるわけにはいかない。ここで技術を途切れさせてはいけないと思っています。
−博多人形師の数は減っていますか?
減っていますね。僕がいま46歳ですが、若い方です。
父親世代がメイン層。50代はバブル期だったから少ないです。これは伝統工芸全体でみてもどこも少ないそうです。40代は就職氷河期で就職難だったせいか、少し多い。でも30代、20代は数人程度です。
−そう考えると、世相が職人数に如実に反映されていますね。
そうですね。何百年と続く工芸が100近くも残っている国なんて、実は滅多にないんです。日本人はその事実に慣れすぎで、世の中の動きに翻弄されてしまうことが多いように思います。 けれど、それに抗わなければ、無くなっていくだけです。家業として受け継ぐことが少ない博多人形は、なおさら難しいですね。
−購買層に変化はあるんでしょうか。
昔は一家に一体は必ずあるものであり、一定年齢以上の人であれば、人生の節目に贈り贈られるものでした。今は40〜50代以上の女性がメインの購買層です。しかしそこだけを狙っていてもしょうがないですよね。何体も買うものでもないですし。
−小副川さんが近年作られている、小さな人形は、新たな購買層を意識したものですか?
特に狙ったわけではないですが、僕自身が小さくてデフォルメされたものを並べて飾るのが好きなんですよね。フィギュア的な要素といいますか。
昔からの美人物のような大物は飾る場所も選びますが、小さいものならデスクの上やちょっとした棚に飾れるという利点があります。シリーズで集めたくなる感覚もありますよね。それに小さい分、値段的にも若い世代が手に取りやすいかもしれないです。
−とってもかわいいですよね。でも小さいからと言って、簡単なわけではないですよね?
手間は変わらないですね。型ものですが、おそらく想像されている以上に細かく型を取っています。 僕は雅楽やお面が好きなので、今はこうした題材を取り上げていますが、顔の向き、手の向き、楽器の向き、それぞれ違う方向を向いていれば、それだけ型が必要です。面倒だな、と思っても雅楽の奏者として不自然になってしまったら人形ではなくなってしまうので。この人形でも、10センチほどの大きさですが7〜8個ほどの型からできています。 作ってみましょうか?
一つの人形作りに必要な方を用意します。型に粘土を入れ、およそ数ミリの厚みで均一に型に押し込みます
両方の型に粘土を押し入れたら、水で解いた粘土を接着剤がわりに縁に塗り、密着させます
密着させる時は、外側にバリができるようにするのがポイント。底部もきちんと塞ぎます
型が水分を吸うので、数分経ったら凹凸の方向を見ながら、そっと型を外していきます
この人形の場合、正面側は顔の向きが少し斜め右を向いているので、下半身と上半身で型が分かれています
型から出した人形(右)は水分を含んでいるので、彩色前(中)、完成品(左)に比べると、一回り大きいのがわかります
−なるほど、実際に見せていただくと、向きに応じて型が必要という意味が理解できます。型ものの作り方もよくわかりました。
このあと、手製の道具でバリを取ったり、表面を滑らかに整えたり、模様をつけたりします。博多人形用の道具なんて売っていないですからね。ありものを転用したり、自分で作ったり、いろいろ工夫しています。艶を出すために磨くときは、猪や鯛の歯を使ったりもします。ヨーロッパではメノウを使うそうですよ。
博多人形を作るためのさまざまな道具(左)と岩絵具(右)
ヘラなどは既製品は少なく、自作することも多いそう。枝そのもののヘラもあります
彩色は岩絵具を使います。粒子の粗いものから細かいものまで、描きたいものに応じて使い分けます。イメージしている質感を表現するために、DIY用のダメージ加工塗料を使ったこともありますね。
模様もけっこう細かく描きます。雅楽は、演奏だけの時と、舞が伴う舞楽の時とでは、装束が違うので無地と模様入りと2パターン作ったりしてこだわりました。 写真の2体の装束は特に細かいですね。自分でも凝りすぎかなと思うんですが(笑)。
−他の作品もそうですが、着物の柄の表現がとっても細かくて、すべて手書きとは思えません。下書きもなく、すごい技術ですね。
この福助人形の裃のドットも手書きです
続けて作業すると、さすがに目が痛くなってしまうのだとか
でもね、小さいものばかり作っていると、なだらかに腕は落ちていくと思っています。あんまりこういうものが増え続けるのはよくないんですよ。
元々美人物が好きじゃないから作っていなかったわけではなくて、テーマが思い浮かばないから作ってこなかっただけなんです。たまたま、この小さい人形をおもしろいと言っていただいて最近はよく作っていますが、腕は落ちたら取り返しがつかないですから、技術の保持のためにもそろそろ写実的なものも作ろうと思っています。
今は写実が売れにくい時代ですが、いつか時代の揺り戻しが来た時に対応するには、しっかりとした技術が必要です。小さな作品で目を惹きつけてから、古典的なもの、オーソドックスなものに目が向くようにできればと思います。
−「なだらかに腕が落ちる」とはなかなか衝撃的な発言ですが、小さな人形の裏の意図を聞くと、小副川さんの作品のすべてに、博多人形を未来へつなぐメッセージがあるような気がしてきます。博多人形の今後はどうなるでしょう?
今が一番、高いもの安いもの、大きいもの小さいもの、さまざまなデザインの中から人形が選べる時代だと思います。この先はこうはいかなくなってくると思います。2軒ある人形問屋も跡を継がないと言っているし、小売店も多分なくなるでしょう。
しかし代わりに、福岡市美術館のミュージアムショップをはじめ、街のセレクトショップなど、これまでと違う販路が増えるかもしれません。いろんな作家がいて、自由に作品を見てもらえる場があって、そこでお客様ご自身に好きな作家を見つけてもらって購入していただく。それが理想ですね。
そこまで技術を落とさずに博多人形を存続させるために、できることをやっていかないといけないと思っています。
−長い時間、ありがとうございました。3代目博多人形師として、時代に翻弄されるのではなく、自分で舵取りをして方向を見定めて進んでいく決意に、頼もしさを感じました。
これからも小副川さんと共に、ミュージアムグッズ作りを行っていきたいと思います。
【福岡市美術館ミュージアムショップ
2019年にリニューアルオープンした、水と緑に恵まれた大濠公園の中にある前川國男設計の美術館です。1階エントランスロビーにあるミュージアムショップでは、所蔵品のオリジナルグッズや、焼き物の写し、所蔵品図録、地元出身のクリエイターによるグッズ、福岡の伝統工芸品等を取り揃えています。特別展示やコレクション展示開催に際しては、関連商品や書籍を随時入れ替えています。そのほかに、アートグッズや他のショップではあまり見かけることのない海外製の文具等も販売しています。
オンラインショップHP https://fukuoka-art-museum.shop/
ミュージアムショップX https://x.com/fukuoka_artshop 【「手わざを訪ねて」について】
当社運営のミュージアムショップでお取り扱いさせていただいている作家さん、職人さんの手仕事にふれる読みものです。ご縁があり、伝統工芸士をはじめとした作家さん、職人さんの作品を扱わせていただく中で、みなさんの想いを伝え、工芸の面白さ、美しさを一人でも多くの方に知っていただくための、ささやかな取り組みです。
オークコーポレーションはこうした活動を通して、「買う人を増やす」ことを大切に考えています。後継者を増やすことはなかなか難しいですが、確かな技術に裏付けられた伝統工芸品の価値を見極められること、そしてそれに相当した対価を払うこと。その意義を理解し、伝統と技を支える購入者を増やすことは、マスコミや我々のような商品を扱わせていただく者の役割と考えています。
これからも、たくさんの作家さん、職人さんのお話をご紹介し、一人でも多くの方にファンになっていただき、作品を愛していただきたいと考えています。
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